三陸のあやしい釣り人

あれは3年前(嘘)、大学生になって最初の夏休み、東北一周野宿旅行をしたときのこと。


三陸の小さな漁港近くで釣りをしていた、中学生ぐらいの少年に出会いました。
「何釣ってるの? 釣れた?」と話しかけましたが、シャイなのか、警戒してか、うなずくばかりで、なかなか話をしてくれません。
しかし、しばらく静かに一緒に海面を見てるうちに、こんなエサを使うんだーとか、*1 いつもはあっちの方が釣れるんだーとか、ぽつぽつと話してくれるようになってきました。


そこへ、竿を持った一人のおじさんがやってきました。
へろへろTシャツにへろへろズボン、頭にタオル、前歯2〜3本抜け、という、脱力の風体。日焼けなのか酒焼けなのかわからない赤黒い顔に、意味深な笑みを浮かべ、おじさんはこう言いました。


「おう、俺のひみつのエサ、特別に見せてやろうか」(再現できないけど、見事な岩手弁?でした。以下おじさんのせりふは同様。)


「ひみつ」の割にはかんたんに見せてくれるのねーと思いつつ、おじさんが差し出す缶をのぞき込んだら……おおっ!




すっっっっっっっごい、悪臭!!




思わず飛びのきましたが、少年は最初からわかってたらしく、離れたところで苦笑しています。地元では知られてたんでしょう。


おじさんは、ひるむ私の鼻先に悪臭ぷんぷんの缶を突きつけながら、どうやってこのエサを仕込むかを、得々と説明してくれました。


「なにやらをなにやらに混ぜて、何日やらどうこうして、熟成させてよ。へへ」


要するに、何かを腐らせたと。
まあ、説明聞かなくても、ニオイでわかりますけど。


「くせーくせーっておめー、このニオイに魚が寄ってくるんだからよ−」


今回「三陸に大津波」というニュースを聞いて、まっさきに脳裏に浮かんだのが、このときの少年と、おじさん。
あの小さな港にも、津波が押し寄せたに違いありません。
少年はとっくに成人して立派な大人。おじさんは、…おじさんは、どうかなあ。


おじいさんになっても、地震と大津波を乗り越えて、「ひみつのエサ」を仕込んでてくれたらいいな、と思っています。

*1:見せてくれた「エサ」が、今思うと深海に棲むというチューブワームみたいなものでした。あれ何だったんでしょう。細竹のように伸びたサヤに虫?貝?が入ってるらしいんですが。